Friday, October 16, 2015

日本人は本当に英語が苦手なのか?

日本人はなぜ英語が不得意なのか?」という疑問を耳にします。さまざまな職業の人がこの問いに答えていますが、多くの場合は私的なエッセイであり、アカデミックな立場からの解答は少ないように思います。アカデミックな立場からの解答とは英語教育に関する論文を指しますが、「日本人は英語の学習能力に欠けている」という論文はありません。

私は英語を教えて30年以上になります。生徒の数も子供、大学生、大人を含めて1,800名を超えました。大ベテランの域に入って思うのは、英語を苦手に思う人が多い事です。ジョセフショールズはこの事象を「抵抗」という概念で説明しています。ショールズは、外国語の学習と外国の文化の学習は同質な作業であり、外国の文化の異質性に気づき、その言語の習得に抵抗をする学習者がいても、それは自然の摂理である(2015)と考えています。

日本人は英語修得の才能が無いのではなく、ほんとうは才能があるという事例を紹介します。去年になりますが、私は日本のある船会社で新入社員の英語研修を担当しました。生徒は日本の大学を卒業してからの6ヶ月間、船乗りとしての訓練を受けました。船上での日常会話は英語だったので、全員が初歩の中級の会話能力に達していたのですが、通常は同様のレベルに達するまでに2年かかる事からすると、これは驚異的な早さです。生徒達は帰国子女ではない事も付け加えておきます。初歩の中級とは日常会話を英語で行えるだけでなく、仕事上の事柄もある程度の説明ができるという意味です。

タイのバンコクに水上マーケットがあります。日本人観光客が多いので、タイ人の店員は日本語を使うチャンスが多いのでしょう。全員が実に上手な日本語を話します。タイ語の訛がない人もいるので、『どうしてそんなに日本語が上手なの?』と聞いたところ、『バンコクの日本語学校で日本語を習った。』という答でした。タイの人には「日本語を話すと仕事を取れるので、日本語を勉強する」という動機付けがあるわけですが、これを英語でインストルメンタルモチベーションといいます。インストルメンタルは、道具を表すインストルメントという名詞の形容詞形です。インストルメンタルモチベーションを日本語で「道具的動機付け」といいますが、響きが悪いので英語表記にしました。

日本では英会話に対するインストルメンタルモチベーションを持ちにくいように思います。それは「就職に有利だから英会話を習う」と考える人が非常に少ない事から考えても分かります。日本で役に立つのは英語を使ったコミュニケーション能力ではなく、英語の標準化試験の得点ではないでしょうか。(TOEICなどの世界的な規模の試験を標準化試験といいます。)つまり英語は大学受験の一部であり、就職試験の一部であり、社内昇進試験の一部であるが、コミュニケーションのツールとはみなされていないようです。日本で生まれて日本で生活するうえで英語を使わなくても生きていけますから、当然の結果かも知れません。

「日本で生活するうえで英語は必要ない」という事実は英語講師にとって大問題です。私達は「不必要な教科」を教えている事になりますし、生徒は英語に興味がないかもしれません。私達はさまざまな工夫をして英語の授業を楽しくするべく努力していますが、生徒の関心を得るためには何をしてもいい、という事はありません。私達がいましめなくてはならないのは、楽しさを追求するあまり教育の質をおとす事です。


結論です。「日本人には英語修得の才能がない」と考える人がいれば、それは間違いです。日本人に英語修得の才能はあります。仮にその才能が育っていないとすれば、それは国内事情によるものです。日本のように英語を話す機会が極端に少ない国では、英語を知らなくても生きていけます。当然英語学習の意欲は阻害されますし、英語文化の異質性にたいして「抵抗」もあるでしょう。英語講師はこの逆境を覆すべく努力をしていますが、「抵抗」が非常に強敵である事を実感しています。

No comments: